日別:2014年08月21日

湧き出る疑問に文章で立ち向かう/「てんてんしましまを探して」第8回・文筆家・熊沢里美さん

「てんてんしましまを探して」

「てんてんしましまを探して」は、毎週木曜正午更新
てんてん(水玉)しましま(ボーダー&ストライプ)のかわいいアイテム、そこに携わる人々の思いをバッグブランドSaori Mochizukiのデザイナー・望月沙織がつづります。

企画詳細についてはこちらをご覧ください。

「てんてんしましまを探して」第8回
文筆家:熊沢里美さん

熊沢里美さん

熊沢里美さん
1987年 福岡県生まれ
2011年 東京芸術大学美術学部先端芸術表現科卒業後、同大学大学院に進む
2013年 同大学院美術研究科先端芸術表現専攻修了後、(株)ジュンク堂書店に入社
2014年5月 初の単行本「だれも知らないムーミン谷」(朝日出版社)を上梓

こんにちは、水玉とボーダー&ストライプのバッグデザイナー・望月沙織です。8月も終盤ですね。今年も早いです。あせります。

さて本日ご紹介する文筆家・熊沢里美さんは、わたくしのアシスタント・イフクの学生時代の同級生です(2人とも東京芸術大学・同大学院の出身)。「てんてんしましまを探す」というこのコーナーの趣旨からは少し逸脱するかもしれませんが、無から有を作り出す彼女のバイタリティや才能は、ブランド運営に通じるものがあり、とても魅力的です。今年5月にプランタン銀座でやったうちのイベントに熊沢さんが遊びにきてくださったのが最初の出会いですが、その時お話を伺ってみると、ちょうど処女作が出版されたばかり、というではないですか。

えっ?
えっ???
本て、そんなに簡単に出版できるものだっけ??

わたくしは興味津々になり、その後現在熊沢さんが勤務されている書店まで押し掛けていって、そのご著書を購入させていただきました。

という訳で本日は、どうやって本を出版するまでに至ったのですか?なぜ芸大(美術大学)に行ったのに、絵ではなく文章で表現しようと思ったのですか?…その辺りについて、もう少し突っ込んで伺ってみたいと思います。

熊沢里美さん

Oggi9月号特集「仕事を楽しむ、自分を楽しむ」より

Oggi9月号(小学館)の特集記事を拝見してまずびっくりしたのが、在学中、就職活動で出向いた出版社で、この処女作(「だれも知らないムーミン谷 孤児たちの避難所」朝日出版社)の出版の糸口をつかんだということだったのですが、それは就職面接とかでの出来事だったんですか?

<熊沢さん(以下、熊)>
いえ、そうではなかったんです。私は大学3年の時と、4年の時、それから大学院に入ってからと、全部で3回就職活動をしているんですが、どうしても出版社で働きたいのに、全部筆記で落ちていたんです。

だから芸大の先生に「どうしたら受かるんでしょうか?」と相談したら、「この人に話を聞きにいってこい」と、ある人を紹介してくれました。それが(「だれも知らない〜」を出版した)朝日出版社の常務だったんです。

でも朝日出版社はそもそも新卒を採用していなかった。また、編集という仕事の内情を色々説明してもらい、「君の性格だとちょっと難しいかも」とも言われてしまいました。

だけど、タダじゃ帰れない!と思って必死に自己アピールをしたんです。ちょうど北欧を旅して北欧民話について色々調べていた所だったので、その話をしました。それが全てのきっかけです。

でも、学生の自己アピール程度では、「じゃあ本を出しましょう!」とまでにはなりませんよね。それが熊沢さんの場合は本当に出版までたどり着いてしまった。その差は何だったと思いますか?

<熊>
おそらく先方に「この子を手ぶらで返すわけにはいかない」っていう思いがあったのかと。最初に相談をした先生と、この出版社のかたは、長年一緒に仕事をしていて信頼関係があったので。

あとは、今振り返って思うと「ね、やっぱり書けなかったでしょ。そんな甘いもんじゃないんだよ!」って思わせたかったのではないでしょうか(笑)。

相談をした先生にも、教育することや、人材を育てることへの義務感があったので、まずはそんなに世に出たいなら、こてんぱんにやられるべき、っていう思いがあった。

そこに根っからの負けず嫌いな私が、本当に食らいついてしまった、って感じでしょうか(笑)。

実際の出版までには2年を要したそう。何度も締め切りを踏み倒し「本当に苦しかった」といいつつも、出版社の気持ちをつなぎ止めた力はすごい。

そもそも出版社に受からない事実に対して、「そんなもんだ」と腐らずに、そのためにはどうしたらいいのか考えて行動できたこと自体も感動的だし(わたくしも就活で落ちまくりましたが、先生はおろかだれにも相談すらせず、ただただ世を呪っておりました…)更にはそこからもたらされたチャンスをモノにした精神力も並大抵のものではない。

熊沢里美さん

左:熊沢さんの短編「家族写真」が掲載されている「本の窓」5月号(小学館)
右:「だれも知らないムーミン谷」(朝日出版社)

だけど、芸大で絵を描いていたのに、なんで文章なんでしょうか?

<熊>
一番最初に文章を書き始めたのは、小学校3〜4年の頃でした。当時インターネットが流行り始めて、夜の10時から接続し放題になったので(懐かしい…そして歳の差を感じる…わたくしがインターネットに触れたのは大学に入ってからです)そこで詩や小説っぽいものを書いて投稿してたんです。賞を受賞したりもしました。

なるほど。ではそこからどうして芸大(美術方面)に進もうと思ったのですか?

<熊>
入学した高校は進学校だったんですが、1年の時、美術の先生が「美大に進みたい人がいたら、早めにいってね」って言ったんです。その言葉を聞いて「おや?美大って今から目指せるものなの?!」ととても興味がわいた。そしてどうせなら(単に進学校のレールに乗るのではなく)本当に興味があるものに挑戦してみるべきだ、と思ったんです。

そこからストレートで芸大に受かったというからまた舌を巻く…。

それなのに、どうしてまた最終的には文章に戻ってきたのですか?

<熊>
私、美術の押し付けがましい所が嫌になっちゃったんです。展覧会を見に行っても、自分が見たい絵が一番最後の方に飾ってあると「なんで今すぐ見れないの?!」ってウンザリしちゃう。部屋で絵を描けば散らかるし、冷蔵庫の中は訳の分からない画材で一杯になる(笑)。

だけど文章だと、自分の好きな時に好きなペースで向き合えますよね。ビジュアルも押し付けずに、読んだ人が自由に想像できる。

つまり、状況が自分でコントロールできないものは、あまり好きではないと。

<熊>
そうなんです。だからそれで言うと、美術鑑賞で私が一番好きなのは、画集をめくることなんです。

笑!画集なら、自分の好きな時に好きなタイミングで見られますもんね。

<熊>
あと、私の文章のスタイルは、ある疑問に対して、仮説を立てて検証する、っていうものなんですが、ある時、絵を何枚も描いている友人が「楽しい」って言ってるのを聞いて、私は何だったらずっと楽しめる?って考えたんです。その時に、「疑問」だったらいくつでもわき上がってくるかも、って思いました。

ちなみにこの「仮説」→「検証」というのは、楽天の三木谷社長の好きな(?)言葉で、ビジネス立ち上げの基本でもあります(お客さんには○×というニーズがあるのでは?という「仮説」を立てて、それを提供できるサービスを作って「検証」する。これをいかにスピーディに回していけるかが重要だ、と三木谷さんは説いています)。

先ほどの「なんで私は出版社に受からないの?」→「出版社の人に話を聞きにいってみよう」というのは、まさにこの「仮説」→「検証」です。そう思うと、熊沢さんにはビジネスマンの素養があります。だから例えば起業して、そこで文章力を使っていくという方法もあると思うのですが(起業すると他人を説得するために大量の文章(企画書とか)を書く必要に迫られるので)、そういうのはどうなのでしょう?

<熊>
いやー、私はやっぱり自分がまず疑問に思うものじゃないとだめなんです。だからライターの仕事(依頼されて対象を掘り下げる仕事)ですら無理なんです。

だったら例えば何かを取材して謎をひも解くというルポルタージュみたいな手法もあると思いますが?

<熊>
私、家を離れるのが苦手なんです。家が見えない場所が嫌いで、迷子になるのがとにかく怖い。上京してからずっと、お出かけしている気分ですし、家を一歩出たら戦争だと思ってるんですよ。

なるほど。熊沢さんの軸には、まず、自分の力でコントロールできないものに対する圧倒的な恐怖心があるのですね。

結局時間がなくて、どうしてそういう状況をそんなに恐れるのかということを伺うことはできませんでした。

でもその気持ちはとても理解できます。

わたくしもかつては誰かとケンカすると、相手が自分の思う通りに考えを変えるまでは絶対に許さないって思ってました。でも最近は、体力がなくなってきたせいか(笑)、大概のところで「ま、いっか」と状況に身を委ねてしまうことが多くなりました。

それは自分の経験値が上がって、身を委ねても何とかなるスベを身につけたからかもしれないし、もしかしたら単に諦めているのかもしれない。よくわかりませんが、それでも人生は何とかなっている。

熊沢さんは取材の最中、しきりと「私には小説の一番いい部分でもある、人と人との関係性を書くことができない。そういう才能がないんです」っておっしゃっていましたが、もしかしたら試しに他人に自分の価値観を委ねてみると、新しい人間関係の形が見えてくるかもしれませんし、わたくしは全然悲観することじゃないと思いました。

だって本当に才能がなかったら、そもそも本を出版することなんてできませんもの。

たぶん熊沢さんはこの問題も、元来の頭の回転の良さとみなぎるガッツで乗り越えていくことと思います。そうやって乗り越えた先でつかんだものを、またゼヒわたくし達におしえてください。

これからの熊沢ワールド、楽しみにしております。

バッグデザイナー・望月沙織/Saori Mochizuki

(一部敬称略でご紹介させていただいている場合がございます。ご了承ください)

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